3A07自分用メモ(2)オープニングについて

○オープニングについて

改めて、オープニングのコンサートシーンを見ていて愕然。
このオープニングは、オープニングであると同時にエンディングだったのか。
ステージに出てきたあずささんの目をみて、はっとした。
この目は、天上でPと約束して帰ってくるときの目ではないか。
つまり、このステージシーンは、Pと一緒だったときのものであり、またPのためでもあるラストコンサートでのものでもあるんですね。
そして、そう思って見て改めて気づいたのは、このオープニングの映像には、坂道の映像が重ねてある。これまでは、何かきれいにぼかしてあるな、くらいしか考えていなかったのだが、坂道の映像であることが分かると、このOPに改めて驚きました。
このコンサートのシーンは、存命中のコンサートと、あすささんがPとともに坂道を上ってきて、そして、アイドルとして一つの頂点に立ち、そこからさらにPの志をついて作詞家として新たに自分の道を歩んでいこうとしてる、その2つのコンサートを重ね合わせたものだったのか。
アイドルとしての坂道を登り切ったところから見る景色、それはあずささんがP(の思い出)と共に作詞家として歩んでいく新しい人生であった、ということでしょうか。
(おそらく多くの方が気づいていることを今更ながら書いていて恥ずかしいですが、自分用ということでお許しを。)


あずささんが、(亡くなった)Pの隣で気持ちよさそうに横になっている。
この映像は確かにPの死の前のあずさんとPであるかも知れないが、同時にPの死後のあずささんとPでもあるように思います。
このポースは、セバスチャンPのブログにあった制作資料によれば棺に納められているポーズとのこと。
つまり、あずささんはPの死を受け入れ、Pの思い出と共に、自分の道をしっかりと歩んでいる。
その際に、Pとの思い出は、あずささんにとってつらいものではなく、自分を愛してくれていた、今も愛してくれ、見守ってくれているであろうPの存在を感じ、むしろ安らぎを感じさせるものになっていることが分かるように思います。
制作資料によれば、ここは「love」と口パクをさせるというアイデアもあったようですが、見送られているようですね。
作業量の関係もあったでしょうが、それは確かにより状況が明らかにはなるけれど、不要にも思われます。3A07の字幕だけで十分しみじみしました。


そう思うと、また、この向日葵にびっくり。
そして、あの2人が寝ているシーンで名前が表示されるTanabataP。
RAPのバックはたくさんの向日葵、セバスチャンPのバックは一輪の向日葵。
RAPの名前のバックのたくさんの向日葵の映像は、「全アイマスP(特にあずささんの)に捧ぐ」という言葉の代わりかも知れません。
この作品の作者の皆さんは、アイマスを知らない人でも見て欲しいけれど、アイマスPには是非見て欲しいと思ったのではないでしょうか。
そして、アイマスPが楽しむための要素もたくさん盛り込まれていますが、やはりアイマスPにメッセージを出したかったのではないかと思います。
それがこの向日葵ではないでしょうか。随分遠まわしではありますが。



それにしても、このオープニングには、まだ何か仕掛けがありそうな気がする。
あずささんとプロデューサーのクレジットのときのバックは白いベールだろうか。
(七夕Pのブログを見て、カーネーションなのかな、と思いました。)
http://blog.livedoor.jp/tnbt77/archives/1055113.html
まだ意味の分からない映像が、特に律子君のところで出てきていて、また今後の謎解きが楽しみです。