ネクタイを買う

ネクタイを買いに行く。

見せてもらった一つのものは、柄にナポレオンの剣と蔦の葉、そして月桂冠をあしらったもの。
「繁栄を意味する縁起のいいものです。」と若い女性の店員さんが話してくれる。
月桂冠から葉が落ちるような雰囲気、蔦のような葉が何枚か舞っている雰囲気、そして剣が置かれ、その帯がしどけなく曲線を描いている様子は、むしろ権力を失い流されようとしているナポレオンを思わせる。
「そうですか、セントヘレナ島に流されるような感じにも思えますね。」
と私はつい言ってしまう。
勿論、私はそのネクタイの柄を貶めるために言っているのではなく、そのような物語を感じさせる素晴らしさを言いたかったのだが、伝わることもないのかもしれない。
また、縁起のいいネクタイより、凋落の風に抗うでもなくしかしすっきりと立っている姿を思わせるネクタイの方が遙かに好ましい。
「剣の側に落ちた葉が何枚かあるといい感じと思いませんか。」と更に私は言葉を継ぐ。
「なるべく不要な模様を減らしてすっきりさせているのだと思います。」
と律儀にかつ少々憮然とした感じで店員さんは答える。
が、それは、あまり派手でないものを探してもらった私に合わせてくれているのかもしれない。

もう一つ見せてもらったものは、葡萄やその他の植物の絡まる枝の奥のお城を描いた柄のもの。これも森を踏み分けていく雰囲気がよいと思ったのだが、なぜか上の方に、小さなお城のモチーフがあしらってある。やはりお城の絵は一つで、後は茂る木々や草を描いて欲しかったようにも思えたので、
「この小さなお城の方は、ない方がいい感じですね。」と指で隠しながら言ってみる。
これも、店員さんには苦笑で迎えられる。

こんな変なことをいう客は勿論歓迎されないわけではあるし、買わないのに冷やかしで来ているのだな、と思っているような言葉の調子になってきたので、あまり不愉快にさせるのもどうかと思い、その2本のネクタイを買って帰る。
確かに、少し思うところはあるけれど、物語を感じることのできるネクタイがそれほどあるわけでもない。他の選択肢はないのが残念でもあり、また一つだけでも選ぶことのできるものがあるのは有り難い。できれば、そうした物語の中に入るとき、お店の人、あるいは周囲の人にも共に来て欲しいと思ってしまうのだった。

ドミニク・フランス
Dominique France