一人で飲むということ

Cross†Channelは、太一が一人で生きていくところで終わっている。
(そうでないかもしれないが、しかし太一の主観としては一人で生きていくところで終わっていると思う。)
彼は友人たちの思い出と共に一人で生きている。
思い出、というと遠いもののような感じがあるが、しかしそれは正にそこにあるものなのだと思う。
時が経ち、他の人と時を重ねることで、そうした思い出も薄れていくのが普通だろう。
しかし、太一のように一人で生き、或いは現実でも一人で生きていくような人はやはり思い出と共に生きているのかも知れない。
それは決して後ろ向きであることは意味しない。

バーで一人で飲んでいる人がいる。
お店の人や、他のお客さんとも笑顔で話したりするが、基本的には一人で静かに飲んでいる。
そのような有り様も一つなのだろう。
しかし、彼や、またその他の一人で生きている人も、真の姿は、思い出を胸に戦場に一人で立ち、戦っているというものだろう。
思い出と共に生きる、という真の意味は、太一のものも含めて、そうしたものではないか。