Montblanc 225

実家の母のところへ。
母も高齢の一人暮らしになってしまったので、東京で会議がある折には顔を見たくなる。
今日も、会議が終わって晩方に実家に行く。
最終の新幹線に間に合う時間までの10分くらいしかいることはできなかったけれど、うれしかった。
お茶を一杯飲んで席を立つと、
「一杯茶は縁起が悪いから」ともう一杯飲んでいくように言われる。
祖母から、客人に一杯しか茶を出さないと再び会うことがない、と言われたという。
忙しい現代では、訪問もそんなことはとても言っていられないペースで過ぎていくことが普通だろう。
こうした懐かしい話を聞くと、まだまだいろいろ母からいろいろなことを聞いておきたいと思う。


母の使っている万年筆は大丈夫かな、と思い、見せてもらう。
シーファーのタルガだが、大丈夫そうだった。
ただ、インクカートリッジがないようで、見るとセーラーのカートリッジインクがある。
しかし、セーラーの萬年筆は見当たらない。
そういえば、父はセーラーの万年筆を使っているのを見たことがあるが、あのペンは何処に行ってしまったのだろう。
母も結構、萬年筆を使っているようだったので、シーファーのカートリッジを購入するまでの間に萬年筆が全然使えないのも不便だろうと思った。
ちょうど会議でメモをとっている際インクがなくなったセーラープロフィット21を持っていたので、コンバータを外し、洗って実家にあったカートリッジインクを装着して置いてきた。


その際、母が萬年筆関係の用品を入れている箱の中に、銀色の万年筆があるのが見えた。
手に取って、キャップのリングに刻まれた文字を見ると、Montblanc 225 とある。
この万年筆は、嘗て私が父から借りて使っていて、いつの間にか無くしてしまったと思っていたものだ。
父に返していたのか、あって良かった、と嬉しくなる。

母は父の死後ずっとそのままにしているらしく、また父自身も晩年は別の萬年筆を使っていたので、ずっと放置された状態のようだった。
金属部分には錆が出、天頂部のモンブランのマーク周りは銀も剥げ、真鍮が出ている。おそらく私が使っている時に何処かにぶつけたせいか、モンブランマークも一部僅かに欠けその周囲の金属部分も凹んでいる。
クリップの裏にも埃が溜まっている。
キャップを取ってみると、キャップの内側にも錆が出ている。
ペン先やペン芯にはにはインクが固まってこびりつき、ニブの穴も固くなったインク滓がふさいでいる。一部色が茶色になっているところもある。
インク窓も真っ黒で何も見えない。
尾軸のインク吸入のために回す部分も非常に固くなっている。

大部傷んではいるけれど、嘗て私も使い、また父の形見でもあるペンなので、きれいにして、できるならまた使ってみようと思い、預かってきた。


軸を磨き、埃を取る。
ニブを洗い、ペン芯の穴に詰まっている固形化したインク滓を小さなナイフの先で取り除く。
水を何度も吸入させては出すという作業を繰り返し、水に色が着かなくなった段階で、水を入れて暫くそのままにしておく。
この作業で尾軸の部分の回転も大部良くなった。
ニブも、特にずれていたり段差があったりということはないようだった。


水を出して、インクを入れる。
インクは、ペリカンのロイヤルブルーにしてみた。
書いてみると、とても柔らかいEF。
ペン先には585とあるので14Kか。
インク漏れもなく、十分実用できることがわかった。


亡き父のことを思いながら、こうして形見の万年筆で書いていると、淋しく、懐かしく、嬉しく、また切ない不思議な気持ちになる。
私の子供もまた、私の遺した万年筆で思いを書く時が来るのだろうか。