悪魔と天使

Oppenheimer Caseを読み進んでいる。
結局裁かれているのは、彼の全体の人格や業績、その努力、高邁さではない。
人間的な弱さ、ふとしたときに出る卑劣さ、仕事を前に進め成果を上げるために便法として用いた、ある人々から見れば不適当な手段に関して非難をしてくる。
或いは、一種の友人を売る行為を強要する。
しかも、売るための行動を行う契機となるような事実は、実は比較考量した場合、友人を大切にすることに比べれば評価すべきでないようなものであっても、一方的な非難をしてくる、という状況がある。
その意味で、このCaseは、追求側の卑劣さを示していることは間違いないが、また、我々に、攻撃しようとする者は常に我々の小さな弱さにつけ込んでくる(その点で正に悪魔を見るような思いがする)ことを理解し、そうした弱さにこそ常に気を配っているなければならない、ということを教えてくれる。