墨液ふき取る静かな輪

今日も雨がちの日。
静かに過ごしました。
今日は、私の少し好きなお話を引用します。
随分前の記事なのですが、今でも読めるのがありがたく思われます。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/hagukumu/kodomo/20071105us21.htm
以下は引用。数文字だけ削除したところがありますが。小学校のお話です。

 3年生のA子は物静かな女の子。話しかけても、はにかみながら小さな声で答える。わんぱく盛りの3年生の中では、気をつけないと集団の中に隠れてしまう感じだ。

 本校では、給食はランチルームで児童と教師全員が一緒にとることになっている。ある日、食事を終え、自分の食器を片づけようとしたら、いつの間にかなくなっている。見回すと、近くにいたA子がさっと片づけてくれているところだった。

 「どうもありがとう」。礼を言うと、A子は恥ずかしそうに笑っていた。

 その後、A子の様子をそれとなく観察してみると、普段からさりげない子だった。教室にごみが落ちていると、さっと拾ってごみ箱に捨てる。誰かの机の上が乱れていると、さっと近づいて片づけを手伝ってあげる。

 書写の時間、事件が起きた。A子が自分の不注意で墨液を床の上に大量にこぼしてしまったのだ。運動ズボンの左半分が真っ黒になるほどの量である。それでもA子は、いつものように物静かに一人で墨液をふき取り始めた。

 最初、私を含め学級の誰もそのことに気づかなかった。ところが一大事に気づいた友人たちが、A子のもとにぞうきんを持って集まり始めた。まるでA子がいつもふるまっているように静かに。いつの間にか、その輪が学級全体に広がった。

 もちろん、こぼした張本人であるA子は、顔を赤らめながら一生懸命である。しかし、A子を中心に、床に広がる子どもたちの姿はとてもすてきだった。

 A子はリーダー的な言動は一切しない。授業中に積極的に発言するわけでもない。遊びの中心人物でもない。でも確実に学級に溶け込み、なくてはならない存在だった。教師の私が言わずとも、子どもたちはよく分かっているようである。(達)
(2007年11月5日 読売新聞)