トレント公会議に派遣した三神父への指示

トレント公会議は、プロテスタントに対するカトリックの立場を確立した会議として有名ですが、1546年にイグナチオが派遣した3人の神父への指示をしたためた手紙を読みました。
イエズス会のイメージからすると、随分違うな、と思う内容でした。


○同じような問題やその他の事項について討議されている際には、双方の言い分の正しい点を認めて、自己判断に左右された態度を示さず、また、誰にも不満を抱かせないように努めるべきである。
○特別な重要事項にかかわる場合でないかぎり、だれをも、ことに高位の人々を自分の側に引き入れるようなことをせず、あらゆる人々と協調し、だれにも特別な好意を寄せてはならない。


特にちょっとしみじみした指示。
○最後に、提起された種々の議題を取り扱い、討議するために、これらの議題について発言することを希望し、自分自身が暇か多忙かを考えず、つまり自分の都合いかんによらずに、むしろ接する相手を神のより大きな栄光のために駆り立てるよう、その人の都合と事情に自分を合わせることは大変役に立つ。


会議の会期中に励んでもらいたいことについても記述しています。
説教すること、時全員の貧しい人々を慰問すること、告白を聞くことなどに励んでほしい、とかかれていますが、このトレント公会議は、1545〜63年にわたって開催され、この手紙が書かれた第一期は45年から47年という期間です。
したがって、現代の会議のように、飛行機で行って、朝から夜まで缶詰で会議、というようなものではなく、生活をしながら会議をしていた、という感じなのですね。
その際での指示でも、次のようなものがあります。会議での結論が出るまでは外部に言わない、というか、むしろキリスト教内の分裂を多くの信者に見せることは適当でない、できれば分裂せずにいることを示したい、と思っていたのかもしれない。自らの信じることを貫く決意は揺るがないが、しかし、それは卑近な神ではなく、遙かな存在である神に支えられたものでなくてはならないのだろう。
○説教に際しては、プロテスタントカトリックの相違点のいずれにも触れてはならない。むしろ、もっぱら教会のよい慣習と信心業とをすすめ、人々を完全な自己認識と、主なる創造主へのより大きな知識と愛人へ駆り立て、しばしば公会議について語るべきである。そして、説教の終わりには必ず公会議のために祈りを頼むべきである。
○告白をきくときには、告白者に言うことは公に述べているのと同じであると意識していなければならない。また、どの告白に際しても、公会議のために、なにかの償いの祈りを課すべきである。


英語で読んでいるものLetters of St. Ignatius of Loyola (Hardcover)
by Ignatius Of Loyola (Author), William J. Young (Translator)
# Hardcover: 450 pages
# Publisher: LOYOLA UNIVERSITY PRESS (1959)