両全会

今日は更生保護法人両全会の小畑さんのお話をお伺いしました。
両全会は、矯正施設(刑務所、少年院など)を出所した女性の皆さんの社会復帰を助ける施設です。
民間のボランティアの方々、特にご高齢の方々もご活躍されているのが印象的でした。


両全会
〒151-0052 東京都渋谷区代々木神園町3−40
電話 03-3468-1639


以前、当記事で両全会の住所について、下記の信濃町の住所を掲載していたことがありましたが、これは過去の住所で大変失礼いたしました。
(参考:1998年以前の住所−〒160 新宿区信濃町27番地5)
折角なので、両全会のパンフレットから、沿革を転載しておきます。
著名な正木亮さんも理事長をされていたのですね。

沿革
本会は、1917年、当時新宿区市ヶ谷刑務所教誨師であった藤井恵照が婦女子で犯罪に陥る者の多くは、義務教育を充分に受けていない者とか、あるいは家庭的に恵まれない人々であり、折角矯正施設で再起の希望をもって社会に復帰してきても、引き取ってくれる父母兄弟や身内もなく、そのうえ世間から白い目でみられるようでは、誰でも失望落胆の末、ふたたび犯罪の道に踏み迷うことになることは容易に想像されることで、こうした不幸な人々に適当な更生保護を加え、自立更生の途に入るよう指導することは本人の幸福をはかるばかりでなく、世の中の平和と安全な秩序を保持することになると痛感して、自宅を開放し女子釈放者の更生のための収容保護と指導を開始した。
やがて、1926年新宿区信濃町27-5に宅地212.72平方メートル,二階建木造一棟104平方メートルを購入して収容保護施設を開設した。1951年に財団法人として運営することとなった。しかし翌年同氏が逝去、参議院議員宮城タマヨが理事長に就任したが、経済的ならびに施設の老朽化等の事情でやむなく1953年事業を休止するに至った。
1960年財団法人矯正協会会長法学博士正木亮が理事長に就任し、更生保護事業の再開を決意して多くの困難な諸懸案を解決し再興資金の獲得に努め、1968年保護施設の新営工事に着工、コンクリートブロック造り二階建215.6平方メートルの施設を完成し、女子更生保護施設の運営を開始した。同氏の逝去に伴い1971年元法務省保護局長福原忠男が理事長に就任し、運営改善につとめた。その後1991年元法務省矯正管区長花田馨が理事長に就任した。1995年更生保護事業法が制定され、施設は更生保護法人になった。
1998年あたかも施設の老朽化等もあり、生活環境の向上及び処遇の充実を図るため、同年6月1日を期して、理事長花田馨が現在の渋谷区代々木神園町3番40号の地に敷地363.65平方メートル、鉄筋5階建587.12平方メートルを購め、新築移転した。
2007年6月更生保護法が成立し、再犯防止のため保護観察が強化されることとなった。
同年6月元法務省東京矯正管区長小畑輝海が理事長に就任した。